蠢く青春
H30×W25×D12 cm
photo Ujin Matsuo
ヤナーチェク(1854〜1928)は現チェコ東部の山脈に囲まれたモラヴィア地方で生まれ、生涯そこを拠点に活躍した。現地の伝統音楽を研究し自らの作風を確立した国民音楽家だ。言葉と音楽の関係を重視し、言語の抑揚からも旋律の着想を得た。こうして真に母国語と風土が結びついた音楽を創り上げた。これが彼の辞書的な解説である。
一聴すれば分かる。彼はヌルさの対極にある作曲家だ。音楽は常に忙しなく、妙にハイテンション。どこを切っても血が出るどころか、炎が噴き出しそうな熱量を帯びている。
ヤナーチェクにはミューズがいた。63歳の時に出会った38歳年下の人妻カミラである。ヤナーチェクも既婚者であったが、彼女に夢中になった。奇妙な関係だった。カミラ側からは多少なりとも彼をそういう対象と見ていた様子はなく、彼女の夫も老人のすることと関係を容認していた。生涯に600通もの恋文を書き、家にも泊まりに行ったが、あくまでプラトニックな間柄だった。
彼女と出会ってから、作品がとにかく元気になる。テーマも女性や恋愛、青春といった類のものが増えていく。作曲家としての独自性は炸裂し、老齢にして真に豊穣の時代に突入する。彼の傑作とされる作品は完全に晩年に集中しているのだ。
ヤナーチェクはカミラとカミラの息子の3人で休暇を過ごすこともあった。ある日カミラの息子が迷子になったと思い込んだ彼は、雨の中森を探し回った。その際引いた風邪をこじらせ肺炎となり74歳で死んだ。
生前、国際的な音楽祭で一時的に話題になることもあったが、基本的には一地方のローカル作曲家という地位に甘んじていた。1970年代になってようやく、録音を通じてその鮮烈な音楽が広く知られるようになった。近年、この動きはますます加速し、20世紀音楽のパイオニアの1人という評価を得るに至っている。